創造主の備忘録

心に移りゆく由無し事をそこはかとなく書き綴ります

幸せについて

 

 

最近色々と嫌なことが多すぎて

毎日考えてしまうことがある

 

そう、それは

「幸せ」についてである

 

 

 

私は小さい頃から

他人から見れば大したことはないだろうが

色んな劣等感がいつまでも寄り添っている

 

その結果何をしようにも

 

 

「あ、きっとこんなにやってももっとすごい人は大勢いる」

 

「どうせ勝てないし負けて恥をかくなら大会にも出たくない」

 

「多分何しても無駄だな」…etc

 

 

など、いろいろなことを考えてしまうと

やるきもモチベーションも下がり

すぐ物事に飽きてしまう

 

小学六年生の頃、私は好きでもないスポーツを親のエゴでやっていた

そのスクールでは強さこそが周りから認めてもらうための手段だった

 

 

好きでもないから当然意欲も湧かずやる気も出ないから何年経っても上達しない

 

周りからも疎外され空気のような扱い

「あぁ、俺はなんでこんなことやってるんだろう」

その時から劣等感が更に強くなり始めた

 

月日が流れてそのスポーツの流れで推薦を受けて高校に入学し寮生活

監督にも「下手でもやれる」と言われたので入ってみたらそこでも力と強さが全て

入学して数ヶ月で雑魚には人権も発言権もないと言わんばかりの扱い

あからさまな先輩の俺に対する他の同期とは違う接し方

Aチームに入ってる同期からもひどい扱い

その頃から周りの人間が大嫌いになった

 

その中でも優しく接してくれる同期は今でもかけがえのない存在である

 

今は専門学校に行っても

テストの点数が全て

満点取れないやつは全員クズ同然の扱い

なのに不良上がりのちょこっと後悔したようなやつらは先生に可愛がられ

俺のような自分の意見を押し殺してしまうタイプの人間は強く当たられる

 

結局どこに行っても劣等感しか与えられないのか

 

この人生のどこに幸せがあるのか

 

 

ないですよね

 

あほくさい

 

こんなにつらい思いをしてる時にたまたま

Twitterやら様々なSNS見てると小中の同級生の充実したようなつぶやきや写真

悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて

なんで俺ばかりこんなにつらいのか

なんでこんな思いしてまで嫌いなことを続けているのか

ことわり切れなかった俺が悪かったのか

 

そういうことを考えるととてもやるせない思いばかり集う

 

他人が幸せそうだと必然的に自分が不幸に感じてしまう

なら俺にとっての幸せはなにか

 

高価なモノが手に入った時?

恋人ができた時?

欲しかったものが手に入った時?

 

いや、そんなものは必要ない

なら何が幸せなのか

 

 

 

 

 

「自分にとって大切ではない人が『不幸』になれば幸せはなんじゃないか」

 

そう考えるようになりました

“他人の不幸は蜜の味”

昔の人はとてもいい言葉を残してくれたと思う

 

幸せそうな人は全員消えてしまえばいい

そうしたら私は幸せになれるんでしょうね

 

小さな劣等感も年月をかけて募り募ればとても大きな塊になっていつまでも寄り添い続けるので皆さんも気をつけて

 

 

 

アディオス🦋